より正しく心地よい腰椎牽引治療を
医療現場に届けるために
「エイリアン」から
「ゆりかご」へ
やさしさの
追求ストーリー。(後半)
振り出しから「ゆりかご」へ
それは、来る日も来る日も新しい機構を考えながら、並行して他の担当機種の設計を進めていたある日の帰宅後だった。疲れた身体を風呂の湯船に投げ出した時……

「そういえば、身体を倒していく時に、後ろに頭が動いて下がっていくというのが何となく嫌なんだ。この感覚はみんな同じじゃないかな。バックドロップの感覚。やっぱり不安感がある。」
「そうだ。頭を動かさないで、足側を上げて身体を倒すのはできないか?」
櫻井のその湯船での閃きから、弐号機の試作が始まった。
「頭を動かさずに不安感を感じさせない設計にするとしたら、上からの牽引ベルトは固定式でいい。シートのチルティング機構をしっかり考えよう。そう「ゆりかご」みたいなやさしさを。」
電気屋の意地

「櫻井さん、なかなか面白い機構考えてるなあ。こんな動きは今までの製品ではなかった。ゆりかごねえ。これどうやって可動域を制御したらいいんだろう。」
坪井もいままで無かった動きに戸惑いながら、テンションが上がっている自分を感じていた。

「えーっと、ここまでで上位頸椎、ここまで倒すと中位頸椎になる。そして、これで下位頸椎。この範囲でストップと。それから牽引角度は5度単位で治療できるように制御する。」
「うーん、このゆりかご軌道はホームポジションをどうやって検出したら…?」
坪井もまったく新しい取り組みとともに、時間とも戦っていた。
-
従来機種
-
TC-C1

これまでになかった新しい機構の開発が進むに連れ、櫻井の帰宅は日付が変わることも増えてきた。
「苦しい…でも絶対に高い完成度で5月の展示会発表を迎えてやる!」
装具に問題発生!
試作機は四号機まで進んでいたある日、患者さんに直接触れる装具は従来品を使用していたのだが、角度を付けて牽引する際、牽引治療開始時にこれまでの機種では感じなかった顎の接触部分の痛みを感じることが分かった。
唯一患者さんに直接触れる部分であり、この不快感は致命的であった。
「これじゃあダメだ。装具の改良が必要だ。」
装具の改良設計に急遽指名されたのは、2年目の宮田だった。
しかしこの装具の改良は、想像以上に難題だった。

肌に当たる素材を、質感、柔軟性、厚さなどが異なるものを何十点も取り寄せ、何日も試作を重ねたが、うまくいかない。
「こんなに難しいなんて…」

研究所の2階ロビーガラス越しには神戸空港から離陸する旅客機が見える。それをボーっと眺めながら、「あれは沖縄便かな?離陸でフラップが伸びてる。」
「ん?そうだ!ゴムか何かで装具が伸び縮みしたら、始動時のショックが吸収されて痛みは出ないんじゃないか?ゴムは確か試作室にあったはず。」
夕日が射しこむロビーから、宮田は試作室へ駆け出した。

翌朝、「櫻井さん、坪井さん。これ。見てください。」宮田は深夜まで掛けて完成させた装具の試作品を差し出した。
「おっ!こう来たのか。ゴムねえ。」
「へぇ!なるほど。でもどうかなあ?試してみよう。」
試作機に取り付けた新装具で牽引を開始すると、今まで感じていた痛みは無くなっていた。
「おーっ!やったじゃないか。宮田!」
「考えてみると有りなんだけど、長くこの装具を見てると既成概念があってなかなかこういうの思いつかないんだよな。これは若さの勝利だね。」
よし、いける!

それから開発は一気に最終段階に入っていった。
宮田が新しく開発した装具には、ゴムによる牽引のタイムラグのような感覚が発生していた。坪井には、その違和感を無くすように制御するソフトウェアの変更が必要だった。みんなゴールを目指して必死だった。
そして4月。展示会発表を目前に、櫻井は、以前からお世話になっている臨床の先生の元に完成品を持ち込んだ。先生には今回の新しい考え方と機構のご説明をし、現物を見ていただいた。
「うん、いいねえ。これ。」
「ありがとうございます!先生。」
よし、いける。櫻井は確信が持てた。
5月、展示会当日

学会展示に間に合った。
製品名は「TC-C1」全く新しい頸椎牽引治療器が完成した。
「えーっ。櫻井さん、展示会発表に行かないんですか?すぐそこじゃないですか」
「宮田、量産体制がまだ整ってないじゃないか。これ7月発売なんだぞ。」
櫻井、坪井は、研究所のすぐ近くにある国際展示場で行われている学会展示に立ち会って、開発者としてドクターに説明をしたかったが、7月発売への仕事はまだ山ほどあった。
「お前が開発チームを代表して行ってきてくれ。しっかりとドクターの皆さんへアピールを頼んだぞ。」

TC-C1はミナトブースの正面に展示され、行き交うドクターが興味深く立ち止まって、体験し、説明員の説明を聞いてくれた。
「これ面白いねえ。また説明に来てよ。」
「ありがとうございます!先生、このTC-C1は7月発売でまだ準備中なんです。パンフレットが出来上がりましたらすぐにお伺いさせていただきますので。」
櫻井は展示会から帰ってきた営業から背中を叩かれた。
「櫻井、よくこの期間であれだけのモノ作ったなあ。頑張ってPRするからな。」
「はい、よろしくお願いします。」
やっぱり嬉しかった。苦労した甲斐があった。あとは患者さんがよろこんでくれたら…
7月発売から順調に売上を伸ばすTC-C1。
発売後に行った「チームTC-C1」のお疲れ会では、非常にタイトなスケジュールを愚痴りながらも、メンバーには新しいコンセプトの治療器の開発をやり遂げた達成感と心地よい疲労感があった。
